かーきアサヒの建築手記

建築デザインについての時短術や現留学先での生活の違いを面白くまとめていきます

疫病から発展した近代建築?建築と医学の関係について解説!

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建築学の起源を紐解くと、建築と疫病の間には深い関係がありました。

今回は医学によって生まれた建築のコンセプトについて解説していきます。

 

 

建築学と医学

建築学の起源は身体と密接な関係があるとすれば、近代建築は当時流行していた疫病”結核”によって広められたといっても過言ではありません。

疫病と近代建築の発展

近代建築の起源

近代建築の成功は人々の健康と表裏一体で、その強大な影響力は世界規模で蔓延する疫病に対する抵抗の結果とも言えるでしょう。

 

近代建築は疫病関連の医学文献から着想を得たという説が有力です。

 

ドイツの微生物学者ロバート・コッホが結核菌を発見した1882年の前年まで、医学書には「悪天候、室内で長時間座る生活、換気の少ない環境、採光が少ない環境」が結核の原因だと信じられてきました。

 

アメリカの作家スーザン・ソンタグは、「環境を変えることで結核患者を助け、治すことさえできると人々は考えている。結核というと、体の中が湿った状態になり、乾燥させなければならない、湿った街に蔓延する病だというイメージを持つ人がいる。」と言いました。

 

しかしこの誤った見解が覆されるのはかなり後の時代になります。

事実誤認から発展した近代建築

確かに19世紀の建築には過度に密集した集合住宅が多く、ペストを筆頭とする様々な疫病が蔓延し、不健康の象徴だとして問題視されていました。

 

そのため近代の建築は採光、換気、有酸素運動、ルーフテラスなど、衛生面を改善させることで健康を保ち、結核を予防したり治療したりするための試行錯誤が行われてきました。

 

結核への国民の恐怖を利用して、近代建築のプロパガンダが展開されていたのです。

建築家の疫病に対するアプローチ

ル・コルビュジエの建築作品には特に疫病に対して様々なアプローチが散見されます。

 

同氏の著書『Radiant City』(1935年)では、ル・コルビュジエは「Natural Ground(自然な大地)」を「リウマチや結核の発信源」とみなし、「人類の敵」だと宣言しています。

 

ル・コルビュジエは建物をピロティによって”病気が繁殖する湿った地表”から切り離し、屋上を日光浴や宅内で運動するための庭として使用することにこだわり、このことを強調するために、建築図面には「従来のパリ、結核の都」と題された街の古い写真や医学書から撮影した写真を載せたり、人間の肺と建築の内部構造を比較した写真を図面に付属したりしました。

 

またル・コルビュジエは著書の中で、室内の空気を常に循環させて清浄することで、埃がなく無毒で、人の呼吸に適した「Exact respiration(精確な呼吸)」を実現するというコンセプトを打ち出し、従来の窓や建具は廃止し、代わりに空気を清浄し安全な換気方法ができるガラスカーテンウォールを採用したのです。

 

ピロティ、屋上庭園、ガラスカーテンウォール、換気設備などは当時の医療機器を踏襲しています。近代建築の最たる特徴である白い壁面は病原菌に汚染されていない清潔感・潔白を示しています。

療養所と建築の変遷

他にも療養所から構想を得る建築も少なくありません。

 

ジークフリート・ギエディオンの著書『Befreites Wohnen』の副題「光線、空気、開放」は、療養所が掲げるスローガンと良く似たものになっています。

 

住宅に関する本ですが、医師のカルテのように病院とリハビリ施設を大量の写真によって分析している点が非常に興味深い一冊となっています。

 

他にもリチャード・ドッカーの著作『Terrassen Type』(1927年)では、保養所から近代建築における住宅へのテラスの変貌を詳しく描かれています。

X線技術の進歩と近代建築

近代建築は形態は医学画像に酷似していき、20世紀初頭に改良されたX線技術はミース率いる多くの前衛建築家に衝撃を与えました。

 

ミースはX線画像のようにデザインを「皮膚と骨」として捉え、ガラスの高層ビルの構造を”骨格”を呼び、X線のように構造が透過された表現方法を用いています。

 

同氏は建築の機能は”内臓”に例え、まるでレントゲン写真を写したように透明なガラス張りの建物に様々な機械が展示されている、という考え方を主流にさせました。

 

建築のポートフォリオはまさに人体の胸部のレントゲン写真集のようにまとめあげられ、建築の美学そのものよりも、医療に発端したデザイン哲学が重要視されました

X線技術によるプロパガンダ 

疫病による猛威のため、20世紀初頭に見られたガラス建築による疫病対策の試みは、前衛建築家の小さなグループに限定されていましたが、20世紀の中頃には、ガラス張りの住宅が結核との戦いのために、全人口をX線検査に動員するかのように広い範囲に普及していったのです。

 

デパートや工場、学校、郊外の路上に移動式X線検査機が登場し、新聞記事やラジオ放送、映画などのメディアからもX線検査を薦めるようになりました。

 

写真家で放射線技師のジェームズ・シブレー・ワトソン*1が制作した映画「Highlight and Shadows(ハイライト アンド シャドウズ)」では、病気予防におけるX線とガラス張りの建築に対する見方が語られています。

 

映画の中で水着姿の女性が実験台に縛られX線画像を撮るシーンがあり、彼女の姿がX線画像に切り変わると、「この若い女性はこれからはガラスの家を恐れることはなくなります。なぜならレントゲン写真を撮り、健康であることが確認できたからです。」とナレーターが説明する場面があります。

近代建築と新しい健康認識・管理

身体を透過して病気を発見するX線検査のように、建築に住む人々の生活・健康状態を透明にすることで、病気の拡散を抑止させる考え方に至ったのです。

 

X線と同様に、ガラスカーテンウォールの建築も人を管理下に置くための道具(Instruments of control)として利用されました。

 

これはガラスの建築が、X線による病気予防と結び付けられ、健康の認識と監視の新しい形を表していることを示唆しています。

建築学と医学教育の共通点

医学解剖と建築解剖

医学部が人間の鋳物を使うように、建築学部でも歴史的建造物の断片を授業に用います。同時に、身体の内部を示す解剖図的な考え方は、建物の内部構造を明らかにする考え方と共通する点があります。

 

例えば、ルネサンス期の医師は解剖を通して身体の内部の秘密を探り、建築家は断面図を通して建物の内部を理解しようと試みています。

建築断面図の発展

レオナルド・ダ・ヴィンチの手記には、人体の解剖図の横に建物の内部の断面が描かれています。彼は建築学的な観点から脳と子宮の内部を理解しており、解剖によって内部構造への秘密を解明できると信じていました。

 

ウジェーヌ・ヴィオレ・ル・デュックが手掛ける『Dictionnaireraisonne de francaise du XI au XVIe siecle(フランス11~16世紀建築辞典)』では建築は断面図で描かれています。

 

第1巻の序文では、ジョルジュ・キュヴィエの『Leçons D'anatomie comparee(レコン・D  解剖学)』(1800-1805)の影響を受け、中世の建築を生き物として捉えて解剖をよって局部を個別に研究し、各部位の機能の詳細を表記するという、全く新しい表現方法を生み出しました。

X線からCTスキャン

時代の変化により建築家たちの注目の視線は、X線によるレントゲン撮影からCTスキャン撮影に移行していきました。

 

20世紀初頭や20世紀半ばの建築出版物はレントゲンを、現代の建築出版物はCTスキャン画像(コンピュータ断層撮影)を模した表現方式が多く採用されています。

 

ジョゼップ・ルワ・マテオは1992年の作品展覧会の目次に脳のCTスキャンを載せ、「建築家は手術をする医者のように冷酷でなければならない」と主張しました。他にもUNStudioの雑誌『Move』に脳のCTスキャンや関連する建築が掲載されています。

 

CTスキャンの積層的な考え方は3Dプリントやパラメトリックデザインのヒントにもなっています。

CTスキャンと建築ファーサード

OMAのフランス国立図書館のコンペ案では、ガラスの内側に構造物が露出させる当初の方式を、半透明のファーサードによって「臓器」(設備)を包みこむ方式に変更させたことが有名です。

 

FOAの設計した横浜大さん橋でもCTスキャンのロジックが活用され、積層した断面図によって3次元空間が形成されています。

このプロジェクトでは、単純な内部と外部の対立ではなく、建物は連続的な構造と統一性のある表面の積み重ねによって演出され、余分な骨格(構造)と分散する臓器(設備)を極限まで削ぎ落とした形になります。

医学と建築の発展

新たな医療診断ツールや建築表現が登場し、新たな建築的・批判的な立場から試行錯誤を繰り広げられるようになりました。

 

結核との戦いを筆頭に、近代建築の考え方が形成されてガラスによる建築や透過性の高さが注目されるようになり、潜在的な社会の透明性、監視社会の追求へと変化していき、次第に先進的な技術に重点を置いて建築が考案されるようになりました。

 

建築と医学の関係を分析することは、様々な建築を解釈するための新しい方法と視点を提供するだけでなく、社会問題の提起につながる性質を持っています。

現代の疫病に対する課題

疫病と建築の歴史を辿ると、生物汚染に対抗できる方法は多くありません。

 

シェルターとしての建築をつくることが効果的だという考え方があれば、社会全体を管理する監視社会を浸透させることで、疫病を抑圧することが効果的だとする考え方もあります。

 

病原体を隔離し、伝染が拡散しないように対策を講じたり、予防をすることはできますが、長期的な伝染・影響が懸念される疫病に対して有効策を立てられないのが建築の現状であり、大きな課題だと思われます。

補足

医学から着想を得るやり方以外にも様々な方法論が考案されています。

設計方法論の記事についてまとめました。

asahi-kaki.hatenablog.com

 

*1:James Sibley Watson, Jr.