クライアントや仕事の相手との対話・交渉について解説していきます。
交渉術
建築デザインはクライアントの顧問として、クライアントに関する情報を引き出さなくてはなりません。
情報が核心を突くものであれば、それに基づくデザインはクライアントの心を掴むものになり、同時に不要な損失を回避することにつながります。
他にも価格交渉や給料交渉、契約の交渉など、様々な場面でも交渉のための会話のスキルが問われます。
交渉術の基本的な原理を知ることで、さらに円滑に物事を進められるでしょう。
交渉に関する基礎知識
長らく、交渉はゼロサムゲームと考えられてきました。交渉の目的は、可能な限り多くの利益を自分にもたらすことで、そのために相手を犠牲にしなくてはならないものでした。
多くの交渉人たちはテーブルの相手に対して敵対的な姿勢を取ることが当たり前だと思っています。
ですが実際には交渉をせざるを得ない状況そのものが敵なのであり、テーブルの向こう側にいる相手は、相互に有益な結果を求めるために敵ではなく、パートナーだと認識することが重要なのです。
交渉における目標
交渉における目標として、
- 誠意をもって交渉していることを示すために相手にできる限りのことをする。
- 相手が興味を持つことに対して自らも純粋な興味を持つ。
- 戦略的な交渉をしつつ、信頼を築く。
上記の三つがあります。
誠意を持つ
アイデアは相手を欺いたり、搾取するためにあるわけではありません。誠意を持つには、時に相手に敬意を払うことが鍵になります。
興味を持つ
相手の目標、動機、欲求、恐怖心を理解することは、交渉を進めるのに効果的です。
信頼を築く
共感、または意図的に相手の感情に訴えることで、相互が理解し、取引を成立させることができます。
会話の交渉術
相手との会話が続かぬようなら、顧客からの不信感を拭えないまま、重要な条件を聞き出せずに終わってしまうかもしれません。
会話から引き出せる情報はデザインでは大きな比重を占め、会話の重要性を再認識させられるでしょう。
声のトーンと抑揚
会話で最も重要なのは声の使い方です。3種類のトーンと2種類の抑揚を状況ごとに使い分けましょう。
声は相手の脳のミラーニューロンへ共感反応を働きかけることによって、自身が表現している時と似た感情を相手にも持たせることがあります。
反対に声のトーンが冷たい硬派のような場合、同じように相手も冷たい反応を返す可能性も高くなってしまいます。
トーン・自己主張
自己主張の声のトーンは常にまっすぐで、パンチの効いた声を相手に向かって届けます。交渉の場では自己主張は常に良くない効果をもたらします。
トーン・受け入れる
遊び心のあり、同時に優しく率直な意見を申し出ることができる声のトーンです。交渉の際特に効果的なトーンなので、会話の80%は気さくに語りかけるように意識すべきです。
トーン・深夜のラジオ
まるで深夜ラジオの司会者のように、なだめるように、且つ軽快さを持った声のトーンです。ここ一番の交渉ポイントで強調するときに、使用するのが最適です。
好奇・抑揚
質問を投げかけるように、全体的に抑揚を上げながら話します。相手の話に対して好奇心と関心を寄せる時に、このような抑揚で話しましょう。
宣言・抑揚
事実を述べるように、全体的に抑揚を下げながら話します。場を落ち着かせる時にこの抑揚を使います。
会話のテクニック
ミラーリング
「オウム返し」とも呼ばれるミラーリングは、交渉相手が使用したキーワードを繰り返すことで話を展開するテクニックです。
相手がちょうど話した言葉の中から後続に展開できそうな主要のワード1~3つのみをピックアップしてその言葉を復唱することで、自身がクライアントの話した内容に注意を払っていることと、話の内容を不用意に踏み込むことなく、最大限の配慮を払って意見を扱っていることを相手に知らせることができます。
ミラーリングの効果
ミラーリングと好奇心を持つ抑揚を組み合わせることで、対立する人の敵意を鎮める効果があったり、相手は本来の会話を繰り返すだけではなく詳しい説明を加えたり、詳細を提供してくれるようになります。
ラベリング
「レッテル張り」とも呼ばれるラベリングは、相手に暗示を与え、感情をさらに引き出したり、相手がレッテルに沿って行動するように仕向けるテクニックです。
良いラベリングは「それはまるで…」や「あなたはまるで…」と客観的に相手の気持ちを先に代弁することで、自分が相手の気持ちを理解していることを知ってもらうことができます。
しかし、「先ほど私が聞いた話では…」や「私は…だと思います」のように一人称で話すと、会話の優先順位を誤ってしまうことがあります。あくまで情報を引き出すためのテクニックなので、相手側の会話を遮らないように注意しましょう。
ラベリングの効果
ラベリングを複数回繰り返すことによって相手のネガティブな感情を打ち消すことができ、さらに感謝を示すことでさらに相手のモチベーションを高めることにつながります。
他にも、ネガティブな内容を先にラベリングすることで予防線を打ちつつ話を展開したり、あえて誤ったラベリングをした後に自分の誤解を訂正することで相手の共感を得る方法もあります。
沈黙
沈黙を組み合わせることでさらにミラーリングとラベリングを効果的にすることができます。
例えばラベリングをした後に沈黙する時間を設けると、相手に直接質問をするよりもさらに多くの情報を相手側が話すことがあります。
熟考された質問
交渉の場では、「どのように…」「どのような…」といった質問の定型文を投げかけることで、回答者に自らの立場を考えさせるように誘導することができます。
もし「なぜそのようなことをしたのか?」という質問の「なぜ」を「何を」に置き換え、「それをすることで何を達成しようとしているのか?」に変えることで、質問の刺々しさを和らげることができます。
イエス・ノー問題
イエスには、同意のためのイエス、約束を肯定するためのイエス、そして不信感によりこの場を離れるためのイエスといった三つの意味合いがあります。
「このアイデアは良いと思いますか?」よりも「これは荒唐無稽なアイデアだと思いますか?」と言い換えることで、相手にイエスによる同調圧力をかけるのを避けることができます。
対照的にノーと言わせることは同意を強要しないため、相手の恐怖を和らげることに役立ちます。
交渉の恐怖
恐怖という感情は人間の意思決定をする時の支配的な要因です。損失に対して恐怖の感情はどんなに良い条件で進めても、交渉を予期せぬ形で終わらせてしまいます。
相手の損失に対する恐怖の要因を把握して、恐怖を逐一排除することで、交渉を協力的に、そして肯定的に進めることができます。
アッカーマンシステム
Ackerman Bargaining system(アッカーマンシステム)とは値段交渉法のことです。
- 購入したい商品の目標価格を設定し、まずは目標価格の65%で申し出を行う。
- 取引が成立しないと仮定し、75%まで購入価格を引き上げる。
- まだ取引が成立しない場合、5%ずつ購入価格を引き上げる。
- そして最終交渉価格を奇数にする。(奇数は往々にして繰り上げられるため)
といった交渉戦術になります。
アッカーマン方式のポイントは、相手側に交渉価格を値上げするたびに、自身の負担が大きくなることを感じさせることです。理不尽に低い価格設定を決行した場合、恨みを買ってしまい、交渉を絶望的なものにしてしまいます。
交渉のポイントとして、商品・サービスの市場価格を事前に調べて、それを基に目標交渉価格の範囲を設定します。なるべく相手と親密な関係を築くことで、アッカーマン方式の交渉を円滑なものにすることができます。
会話パターン・ボディランゲージ
相手が正直に話しているパターン、嘘をついている可能性のパターンを把握することで、交渉を逸脱しているかどうかを見極めることができます。
ピノキオエフェクト
不誠実な人の発言は、自分の言いたいことを伝えるために必要以上の言葉を使ったり、力を入れる傾向にあります。
7-38-55ルール
交渉では、人の話の内容が7%、38%は声のトーン、55%はボディランゲージで伝えられます。声のトーンやボディランゲージは話の内容そのものよりも効果的に相手に影響していることがわかります。
交渉の席についたら、人の話し方や行動に注意を払ってみましょう。話している言葉と身なりが一致しているかどうか、そして不誠実な人は取り繕う可能性があります。
もし嘘をつかれていると感じるなら、ラベリングで「何か見逃している気がするのですが?」と好奇の抑揚で質問を投げかけ、深夜ラジオの声のトーンで相手を落ち着かせてから交渉を続けるのが良いかもしれません。
給料交渉・対話例
例として社長と昇給を望む社員の会話を挙げてみます。
- 社員は昇給を望み、社長室へ入り、社長と対談するために時間を設けてもらいます。
- しかし、社長は話す前から社員が自分にとって不利益な話をすると分かっています。
- 普段は社長室には入りもしないのに、相談するときは問題を押し付けることがほとんどだからです。
- ここで社員は昇給の話について切り出します。「給料をさらに25%上げたいです」
- しかし無念にも話はそこで社長に中断されてしまいます。
ここで有効な発言は社員が「私はあなたにとって価値のある人間ですか?」と提言することです。
適切な質問を投げかけることで、社長に不利益な話をするというバイアスを打ち消し更に会話を続けることができるでしょう。
次に会話を発展させた例を見てみましょう。
- 社員は社長室に入り、社長と対談の時間を設けてもらいます。
- 社員は「私は社長の期待に応えれていますか?」「どうやって応えられますか?」と聞きます。(熟考された質問)
- ここでは社員は自分が会社で成功することについて社長と相談します。
- そしてどのような成功が価値のあるものなのかを話し合います。
- 無論、社長は社員らが皆自己中心的だと感じるわけなので、社員からは「自分勝手ながら…」と予防線を張るのが効果的です。
- 社員「自分勝手のように聞こえますが、会社の全ての人に利益をもたらすためにいま相談しています。」(ラベリング)
- 社長「そのような話が聞けて大変嬉しいし、何か考えをお持ちですか?」
- 社員「そうですね、会社の来年度の主要な目標は何でしょうか?」(熟考された質問)
- 社長「まずは会社が成長すること、そして更に顧客を集めなくてはなりませんね。」
- 社員「どのような顧客をターゲットにすべきですか?」(熟考された質問)
- 社員は核心の昇給の話題について切り出します。
- 社員「昇給の話についてですが、無論会社にとってさらに価値のある仕事をすることを前提に、その分の利益の分配について伺いたいのです。」
- 社員「給料と新しい仕事の利益25%を望むのは、馬鹿げていますか?」(ラベリング)
- 社長「25%の取り分は馬鹿げてはいませんが、25%は大きな数字ですよ?10%か15%は如何ですか?」
- 社員「つまり私が頑張った分だけ、社長は少ない報酬しか与えないということですか?」(ラベリング)
- 社長「そういうわけではありませんが、利益の15%は今までのあなたにはなかった条件ですよ。」
- 社員「なるほど、それでは他の利益の75%はどうされるつもりなのでしょうか?」
- 社長「他の利益の75%?」
- 社員「他の利益分の75%分もそこにはあるでしょう?」
- 社長「いいえ、仮に他の75%があったとしてもそれらが全て利益だとは限りません。利益が出た分だけ支出もそこには存在しています。」
- 社員「つまり私はこの仕事に関与しないほうが良いのでしょうか?」(ノーを言わせる)
- 社長「そういうことが言いたいのではありません。しかしあなたがやらないのであればこの状況が好転することは、つまり15%の取り分を得ることもありません。15%はそれほどあなたにとって悪い条件ですか?」
- 社員「ええ、そうです。」
- 社員「我々の過去にあった契約では常に50%50%でした。なので実際にはこの仕事での取り分は50%が会社全ての利益、50%は私に既存するものだと考えております。」(範囲を決める・アッカーマンシステム)
- 社長「なるほど、しかしあなたはその仕事に伴う責任について考えたことはありますか?50%50%の分配は、前代未聞でしょう。」
- 社員「私が社長室に入る前にこのようなことについて考えたことはありますか?」
- 社長「ありませんが…今ここで討論をすることはできますよね?」
- 社員「はい、その考えをお持ちなら他の社員にその仕事をさせることもできますよね?」
- 社長「そうですが…私はあなたに他のところへ赴くことは望んではいません。それほどにいい考えだとは思います。なのでこの新しい仕事であなたが他の社員に仕事の教育及び育成を担い、利益を得られるなら、会社にとっても大きな躍進になると思います。」
- 社員「なるほど。」
- 社長「だから或いは20%…」
- 社員「それはまるで二つの仕事を私が請け負うみたいですね。」(ラベリング)
- 社長「ええ、そうですね。」
- 社員「仕事ひとつ分の給料だけで。」
- 社長「いいえ、誰もそんなことは言ってはいません。」
- 社員「つまり、我々がこの新たな仕事の責任を負うことがなければ、状況もうまくいくということですね?」(ノーを言わせる・イエスノー問題)
- 社長「もちろんうまくいくことなんてありません。なので、私からは新しい仕事の利益の20%を報酬としてあなたに任せたいと思います。20%は合理的で公平だと思いますが?」
- 社員「もしそれが不公平なら?」(故意に誤解をする・ラベリング)
- 社長「公平だと思いますよ?」
- 社員「僭越ながら、それはまるで公平だというための口実に聞こえますね。」(ラベリング)
- 社長「そうですね、ですがそれがビジネスの基本だと思います。私には25%の報酬の要求をあなたが無理やり通しているように感じます。」
- 社員「では会社外の市場の標準を探してみてはいかがですか?それで満足できますか?」(市場価値を探る・アッカーマンシステム)
- 社長「もし改善の余地があって、20%と25%に違いがあるなら、25%でも構いません。」
- 社長「しかしあなたにはこの仕事の全責任と新しい人材を育成する必要があります。」
- 社員「これから私は人材育成に尽力し、新しい仕事のためにマニュアルを書こうと思います。新しい社員は私よりも速く技術を習得するでしょう。」
- 社長「それなら良いと思います。25%ですね。」
といった交渉の例を挙げてみました。
社長側は社員との交渉では最初は給料の価格について焦点が置かれていましたが、社員の交渉との末に人材育成や責任を負うことを条件に新しい仕事の利益の25%を社員の給料として追加することを承諾しました。
重要なのは一連の会話でテクニックを使うことで、社長側を交渉のテーブルに招待し、感情を引き出すことで、協力関係、信頼関係を結ぶことです。